• 私は、二世帯住宅はおすすめしません。

    むしろ、どうしても二世帯で暮らさなければならない理由がないのであれば、
    二世帯住宅なんて、なくなってしまえばいいとすら思っています。

    もちろん、お金の面で支え合わなければ生活できないとか、どうしても二世帯にする必要がある理由があるなら、話は別です。

    でも、

    「長男だから土地を継ぐから」
    「将来、親の介護をするから」
    「孫と一緒に暮らせるから」

    そんな理由だけで、まだ何年も先のことを考えて、早い段階から二世帯住宅にするのは、私はおすすめしません。

    実際に一緒に暮らしてみないと、分からないことがたくさんあるからです。

    もし、それでも二世帯住宅にするなら、ルール作りは必須だと思います。

    そして、そのルールは夫婦だけでなく、親世帯にもきちんと理解してもらう。

    「家族なんだから」
    「同居なんだから」
    「いつでも行き来していい」

    そういう曖昧な状態で始めないこと。

    私なら、もう一度二世帯住宅を選べるなら、完全分離にします。

    玄関も、お風呂も、生活スペースも、共有部分は一切いらない。

    それくらい、お互いの生活に干渉しない距離が必要だと思っています。

    もちろん、完全分離にしたとしても、

    「最近、顔を見せに来ないね」

    なんて言われる悩みはあるのかもしれません。

    一緒に住むことと、いつでも干渉できることは、別。

    これから二世帯住宅を考えている人には、
    「本当に二世帯でなければいけないのか?」を、建てる前にもう一度考えてほしい。

    私は、そう思います。

  • 二世帯住宅で暮らしていて、時々思う。

    この家って、いったい誰の家なんだろう。

    もちろん、義両親の家をリフォームして二世帯住宅になった。

    だから義両親にとっては、もともと自分たちが住んでいた家。

    でも、私たち家族もここで生活している。

    毎日ここでご飯を食べて、子どもたちが学校へ行き、帰ってきて、寝て、生活している。

    私にとっても、もう「住ませてもらっている場所」ではなく、生活している家のはず。

    なのに時々、

    「義両親がこの家全体を仕切っている」

    そんな雰囲気を感じることがある。

    別に何かを直接言われたわけじゃない。

    でも、

    「ここはこうする」

    「それはこうした方がいい」

    「心配だから」

    「何かあったら困るから」

    そんな言葉や雰囲気の積み重ねで、なんとなく息苦しくなる。

    心配してくれているだけなのかもしれない。

    悪気があるわけでもないのかもしれない。

    でも私は、

    自分のことは自分で決めたい。

    子どものことも、家庭のことも。

    何でも義両親に心配されて、気にかけられて、意見を言われる生活は、正直しんどい。

    二世帯住宅って、距離が近いからこそ難しい。

    「家族なんだから」

    「心配しているだけ」

    そう言われたら、何も言えなくなる。

    でも、私はただ、

    自分たちの家庭のことは、自分たちで決めたいだけ。

    この家で暮らしているのは義両親だけじゃない。

    私たち家族も、ここで毎日生活している。

    だから時々思ってしまう。

    二世帯住宅って、結局誰が家の主なんだろう。

    そして私は今日も、自分の家にいるはずなのに、

    どこか「お邪魔しているような気持ち」になる。

  • 逆に、二世帯住宅で何の問題もなく、難なく暮らしている人っているのだろうか。

    もしかして、二世帯住宅がしんどいのは、私の性格が悪いから?
    私の性格が二世帯住宅に合っていないだけ?

    世の中には、義両親と程よい距離で仲良く暮らし、干渉されてもそれが当たり前になっていてストレスなく二世帯住宅で生活している人もいるのかもしれない。

    そういう人から見たら、私は気にしすぎなのかな。

    でも、毎日顔を合わせて、義両親の考えの範疇で生活して、共有する場所もあって。

    「家なのに、なんとなく気を使う」

    そんな生活が、私には思っていた以上にしんどかった。

    義両親との関係が良かったり、完全分離で生活がほとんど重ならなかったり、二世帯住宅でも、うまく暮らせる条件はあるのだと思う。

    私の性格が二世帯住宅に向いていないだけなのか。

    それとも、二世帯住宅での生活って、みんな何かしら我慢しているものなのか。

    逆に、本当に何のストレスもなく、難なく暮らしている人がいるのなら、一度話を聞いてみたい。
    どうやって距離感を保っているのか。。

    何を我慢して、何を気にしないようにしているのか。

    それとも、そもそも私とはまったく違う性格なのだろうか。

    二世帯住宅、向いている人と向いていない人って、やっぱりいるのかな。

  • 朝起きて、身体が動かない。

    二世帯のこと、あと夫婦のことでも悩んでいるから。

    朝、子どもと夫を見送ったら、ただひとりで静かに過ごしたい日がある。スマホいじって、だらだらと。

    そんな日は、家の中に人の存在を感じたくない。

    出掛けるねって一言だけのやり取りさえ煩わしく感じる。

    仕事がある日、普通なら家に帰れば自分の家族だけ。

    「ただいま」と言って、あとは好きに過ごせる。

    でも、二世帯住宅ではそうはいかないことがある。

    玄関を共有している我が家。

    家に帰って玄関を開けた瞬間、義両親に会う可能性もある。

    もちろん、会えば挨拶をする。当たり前。

    でも、「今日は誰にも会いたくない」と思うことがある。

    少し話をすることになるかもしれない。

    子どもたちのことを聞かれるかもしれない。

    静かに自分たちのスペースに帰りたいだけなのに、家に入る前から少し気持ちの準備をしてしまう。

    ただ、今日は疲れた。

    今日は静かに過ごしたい。

    今日は誰とも話したくない。

    そんな日もある。

    二世帯住宅に住んでいると、「家に帰ればひとりになれる」という当たり前のことが、当たり前ではないと感じることがある。

    小さなことなのかもしれない。

    でも、こういう小さな気疲れが、少しずつ積み重なっている。

  • 二世帯住宅のストレスを感じているのは、私だけではないのかもしれない。

    最近、子どもたちの様子を見ていて、そう感じることがあります。

    うちの子どもたちは、祖父母のことが好きではありません。

    何か大きな喧嘩をしたわけでも、ひどいことをされたわけでもありません。

    でも、日常生活の中であれこれ言われたり、必要以上に関わられることに、子どもたちなりのストレスを感じているようです。

    祖父母からすれば、心配しているだけなのかもしれません。

    孫がかわいいから声をかけているだけなのかもしれません。

    でも、子どもにも「今は話しかけないでほしい」「放っておいてほしい」という時間があります。

    親に言われることとは違い、祖父母からも何か言われる。

    家にいるのに、どこか気を抜けない。

    そんな生活が続けば、「祖父母が嫌い」と思うようになってしまうこともあるのかもしれません。

    近くに住んで、たまに会う祖父母だったら、もっと違った関係だったのかなと思うことがあります。

    会えば優しくしてもらって、遊びに行けば楽しく過ごして、また自分の家に帰る。

    そのくらいの距離感なら、祖父母のことを嫌いにならずに済んだのかもしれません。

    でも、二世帯住宅は毎日顔を合わせます。

    関わりたくない日もあります。

    疲れている日もあります。

    一人で過ごしたい時もあります。

    それでも、生活が近すぎることで、どうしても関わる機会が増えてしまいます。

    二世帯住宅は、親世代だけの問題ではないんだなと思います。

    子どもたちにも、子どもたちなりのストレスがある。

    「おじいちゃん、おばあちゃんと一緒に住めて幸せだね」

    そう思われることもあるけれど、実際に暮らしている子どもたちは、必ずしもそう感じているわけではありません。

    親である私が二世帯生活にストレスを感じているように、子どもたちもまた、この距離の近すぎる生活に疲れているのかもしれません。

    子どもが祖父母を嫌いになってしまったこと。

    それは、私にとっても少し悲しいことです。

    でも、無理に「仲良くしなさい」と言うことも違う気がしています。

    子どもにも、苦手な人や苦手な距離感がある。

    家族だから、祖父母だからといって、いつでも仲良くできるとは限らない。

    二世帯住宅で暮らすということは、そんな現実もあるのかもしれません。

  • 欲しいものを買ってあげて、2人でお昼ごはんを食べる。
    そんな何気ない時間が、私にとってはちょっとした息抜きになっています。

    この日も買い物と昼食を楽しんで、15時近くに帰宅しました。

    すると義母から、

    「どこ行ってたの?!」

    と、心配そうに言われました。

    いやいや……。

    大の大人である私が子どもを連れて出かけているんだから、どこへ行こうと自由じゃない?と思ってしまう。

    もちろん、心配してくれているのかもしれない。

    でも、心配されるようなことをしているわけでもないのに、「どこに行っていたの?」と聞かれるだけで、なんだか行動をチェックされているような気持ちになってしまいます。

  • 二世帯住宅での悩み。

    誰かに聞いてほしいと思っても、なかなか話せる人がいない。

    二世帯で悩んでいる人たちが集まるチャットにも登録してみたけれど、あまり機能していなかった。

    同じような環境で暮らしている人と話せたらいいのに。

    「それ、わかるよ」

    たった一言でも、救われることがあると思う。

    自分の悩みを聞いてもらって、誰かの悩みも聞いてあげる。

    そうやって話していくうちに、今抱えているモヤモヤやストレスは少し薄れていくのかな。

    二世帯住宅の悩みって、家の中のことだからこそ、身近な人には話しにくい。

    義両親のこと、夫のこと。

    「そんなことで?」とか「また?」と思われるかもしれない。

    だから結局、誰にも話せないまま、自分の中に溜め込んでしまう。

    私は、ずっと溜めることしかしてこなかった。

    同じように二世帯住宅で誰にも言えないモヤモヤを抱えている人はいるのかな。

    • なんでも口を出す
      • 「これどうかな?」
      • 「これこうしたら?」
      • 頼んでないのにアドバイス
    • 孫を自分のもののように扱う
      • 親の方針より自分の考えを優先
      • 勝手に予定を決める
    • 嫁・婿のやり方を否定する
      • (さりげなくでも)子育てにダメ出し
    • 距離感が近すぎる
      • 何をしているか気にする
      • 家族の予定を把握したがる
      • 運動会以外の学校行事に行きたがる
    • 「心配だから」を理由に干渉する
      • 本人は善意のつもりでも、受け取る側には監視や干渉に感じることも。
    • 孫に会わせてもらうのを当然だと思う
      • 「最近会ってない、話してない」
      • 親の都合を考えない
    • 孫の写真や話を勝手にSNSに載せる
    • 自分が家族の中心だと思っている
      • 行事や誕生日を仕切りたがる
      • 「みんなで」が当然になっている

    逆に好かれやすいおばあちゃんって、結局すごくシンプル。

    「必要なときは頼れる。でも普段はちゃんと距離を置いてくれる人」

  • 義両親は、毎日湯船に浸かる派です。

    それ自体はもちろん自由だし、毎日お風呂に入ることが好きな人もいると思います。

    でも、それを普通の価値観として押し付けてきます。

    私は毎日湯船に浸からないといけないと思っているわけではありません。

    暑い日はシャワーだけで済ませたい日もあるし、それでいいと思っています。

    でも、義両親にとっては「毎日湯船に浸かる」が当たり前。

    そして、その「当たり前」から外れている私たちが気になるのかもしれません。

    毎日湯船に浸かるのが普通の家庭。

    シャワーだけの日があっても普通の家庭。

    どちらが正しいという話ではないはずなのに、同じ家で暮らしていると、いつの間にか相手の「普通」がこちらにも向いてくる。

    こういうところが地味に疲れるのかもしれません。

  • 「わかる!」と思うこと、ありませんか?

    私の周りには二世帯住宅で暮らしている人がほとんどいなくて。

    このモヤモヤって私だけなのかな?
    みんなはもっと上手にやっているのかな?

    と思うことがあります。

    二世帯住宅にもいろんな形があるし、
    義両親との距離感も家庭によって全然違うと思います。

    同じように二世帯住宅で暮らしている方がいたら、
    「こんなことで困ってるよ」
    「うちはこうしてるよ」

    そんな話も聞いてみたいです。

    私だけじゃないんだと思えるだけでも、
    少し気持ちが楽になる気がしています。