• 職場の人に言われた。

    「おじいちゃん、おばあちゃんと一緒に住んでる子どもって、おじいちゃん、おばあちゃんのこと嫌いな子、多くない?」

    さすがに、それは家庭によると思う。

    でも、うちは当てはまる。

    もし別々に住んでいて、たまに会うくらいだったら、子どもたちは、もっと「おじいちゃん、おばあちゃんが好き」と思えていたのかもしれない。

    普段から干渉されることもない。

    心配されることもない。

    生活ペースの違いにストレスを感じることもない。

    たまに会って、一緒にご飯を食べたり、遊んだりする。

    そのくらいの距離だったら、祖父母との関係も違っていたのかもしれない。

    二世帯住宅なら、孫と毎日一緒にいられる。

    成長を毎日見ることができる。

    それは、祖父母にとっては幸せなことなのかもしれない。

    でも、その幸せと引き換えに、孫から「一緒に住みたくない」と思われている。

    私は、自分の子どもが大人になって結婚して、子どもができたとしても、子どもの結婚相手と、その子どもとは同居しない。絶対に。

    たまに会って、「また会いたいな」と孫とお嫁さんに思ってもらえるくらいの距離でいたい。

  •  

    二世帯住宅で、お風呂を共有しています。

    長く暮らしていると、少しずつ「しんどいな」と感じることが増えてきました。

    ゆっくりお風呂に入れない

    たまには時間を気にせず、ゆっくり半身浴をしたい。

    そんな日もあります。

    でも、子どもが長風呂をしていると、

    「どうしたの?」

    と心配される事があったようです。

    1番風呂には到底入れない

    1番風呂に入ることもほとんどありません。

    湯船に入ると、ゴミが浮いていることもあります。

    そのときは洗面器ですくって入ります。

    好きな時間に入れない

    特に夏は、汗をかきます。

    外から帰ってきたら、

    「今すぐお風呂に入りたい!」

    と思うこともあります。

    でも、共有しているお風呂と脱衣所、洗面所は義両親の生活スペースでもあります。

    そのため、自分たちの都合だけで、好きな時間に入るというのが難しいです。

    入る前も、出た後も気を使う

    お風呂に入る前後には声をかけたり、会話をしたり。

    「まだかな」と待たれているような感覚になると、どうしても時間を気にしてしまいます。

    お風呂くらい、自分のペースで入りたい。

    ただそれだけなのですが、それができません。

    さらに、脱衣所に水滴が残っていると、

    「後で拭こう」

    ということもできません。

    共有スペースだからこそ、使ったらすぐにきれいにしておかないと……と気を使います。

    子どもたちも成長してきた

    子どもたちも大きくなり、お風呂に浸かる時間が以前より長くなりました。

    お風呂から上がったら、すぐにスキンケアをしたい。

    それぞれに自分のペースも出てきました。

    だからこそ、子どもたち自身も「もっとゆっくりしたい」「急かされたくない」と思うことが増えてきたように感じます。

    子どもたちが成長すれば、成長に合わせ生活の仕方も少しずつ変わっていく。それは自然なことです。

    しかし義両親は安定させた、変化のない生活をしている。それも自然なことです。

    しかし、その違いから共有が難しいのだと思います。

    唯一のメリットは……

    ここまで書くと、お風呂の共有は悪いことばかりのようですが、唯一のメリットがあります。

    それは、

    お風呂掃除をしてもらえること。

    以前、自分が掃除をしていたときに「やるよ」と言ってくれました。

    これは本当に助かっています。

    ただ、それを差し引いても……

    お風呂の共有はおすすめしません

    二世帯住宅をこれから建てる人に、

    「お風呂は共有でも大丈夫?」

    と聞かれたら、私はこう答えます。

    絶対ダメ!

    お風呂は毎日使う場所だからこそ、家族それぞれの生活リズムや「自分のペース」が出やすい場所です。

    湯船を2つ設置するとなると費用も倍かかり痛いですが、この先二世帯住宅で暮らすなら、できることならお風呂もそれぞれ分けたほうがいいです。

    実際に共有して暮らしてみて、私はそう感じています。

  • 昔は、義理の家族と同居することも、今より当たり前だったのかもしれない。

    でも今は、核家族で暮らしている家庭が多い。

    一軒家でもマンションでも、親とは別に、自分たちだけの家庭を築いている。

    今の一般的な人達と環境が違うから、私はいつまで経っても「同居が嫌だ」と駄々をこねているのかもしれない。

    家がいちばん安らげる場所であり、気兼ねなく過ごせることが羨ましい。

    子どものお母さんたちと話しているときは楽しいのに、なぜか心の中がすっきりしない。

    「今度、家に遊びに来てね」

    そんなふうに気軽に言うこともできない。

    家に呼びにくいから、自然と人との距離も取ってしまう。

    「自分たちの家族だけの家」がある。

    それは、とても素敵なことだと思う。

  • 二世帯住宅に住んでいると、少しずつストレスが積み重なっていきます。

    人を呼びにくい

    一世帯で住んでいたり、せめて玄関が完全に別なら、友達を家に呼ぶことに何の問題もありません。

    でも、我が家は共有玄関。

    何も知らせずに友達を呼ぶと、

    「誰か来てたけど、誰?」

    となります。

    正直、いちいち知らせたくない。
    誰を呼ぶのか、何をするのかまで干渉されたくない。

    そう思うようになってしまい、

    「じゃあ、そもそも呼ばなければいいか」

    となります。

    昔はここまで気にしていなかったのに、今では「家に人を呼ぶ」ということ自体に、いろいろと気を遣うようになりました。

    友達だけではありません。

    親やきょうだいも、気を遣わせてしまう気がして、なかなか呼べません。

    自分の家なのに、自由に人を呼べない。

    これって、地味だけど結構しんどいです。

    義両親の知り合いが来た時の対応

    義両親の知り合いが来ることもあります。

    もちろん、来客があること自体が悪いわけではありません。

    ただ、こちらが落ち込んでいる時でも、疲れている時でも、そんなことは関係なく来客はあります。

    「こんにちは」と普通に挨拶すればいいだけなのに、その時の自分の気分によっては、それすら苦痛に感じることがあります。

    「こんなことまで嫌だと思う私は、捻くれているのかな」

    と、自分を責めてしまうこともあります。

    郵便受けもインターホンも共有

    郵便物の送り主も見られています。

    誰かにとっては気にならないことかもしれませんが、そういう小さな「見られるかもしれない」が、地味にストレスになります。

    インターホンも共有なので、義両親が時間指定した荷物を、不在のためこちらが受け取ることもあります。

    「指定しておいてなぜいない……」

    と、正直イラッとしてしまうことも。

    そして、自分や子ども宛ての来客が来た時。

    インターホンが鳴ると、大人が2~3人集まることがあります。

    「私のお客さんですー」

    と説明する。

    これも、頻繁となると面倒に感じてしまいます。

    一つ一つは、本当に小さなこと。

    でも、こういう「ちょっとした気遣い」が毎日の生活の中に積み重なっていく。

    二世帯住宅のしんどさって、こういう大きな問題ではない「小さなストレス」の積み重ねなのかもしれません。

  • 二世帯住宅というと、

    「近くに家族がいるから安心」
    「子育てを助けてもらえる」
    「何かあったときに心強い」

    そんなメリットが思い浮かぶかもしれません。

    実際、助かっていることもあります。

    でも、二世帯住宅で暮らしていると、外からは見えにくい「しんどさ」もあります。

    いつも明るくしていないといけない

    気分が落ちている時でも、なかなかそのままではいられません。

    疲れていても、元気がなくても、心配されるかもしれない。

    だから、できるだけ明るく接する。

    毎日それを続けていると、疲れてしまうことがあります。

    家の中くらい、誰にも気を遣わずにぼーっとしたい。

    そんな日もあります。

    家の中に、いつも誰かがいる

    二世帯住宅なので、家の中には常に誰かがいます。

    階は分かれていても、「家の中に自分たちだけ」という時間はほとんどありません。

    義両親が旅行などで家を空けているときは、なんとなく肩の力が抜けます。

    羽を広げられるというか、

    「今日は家の中を気にしなくていい」

    と思える。

    でも、義両親も年齢を重ねて、以前のように旅行に行く事も少なくなっています。

    階が分かれていても、音は聞こえる

    二世帯住宅とはいっても、マンションのようにしっかり防音されているわけではありません。

    リビングの床でごろんと寝転がっていると、義両親のテレビの音や会話が聞こえてくることがあります。

    こちらの生活音も、きっと聞こえています。

    子どもの足音や、扉の開け閉め。

    お互い様なのは分かっています。

    でも、一世帯で暮らしていたら、

    「音が響いていないかな」

    なんて、毎回気にする必要はありません。

    静かに過ごしたいときに、家の中の別の世帯の生活音が聞こえてくる。

    これも、二世帯住宅ならではの疲れなのかもしれません。

    共有玄関が「関所」のように感じることがある

    玄関が共有なので、出かけるときや帰宅したときには、どうしても顔を合わせます。

    挨拶をするのは当然だと思っています。

    でも、

    「どこ行くの?」

    出入りのたびに声をかけることが必要になると、それが少しずつ負担になっていきます。

    仕事から疲れて帰ってきた日。

    本当なら家に着いた瞬間に、ふーっと力を抜きたい。

    でも、

    「ただいま」

    と明るく挨拶するために、気持ちを切り替えなければいけない。

    家に帰ってきたのに、完全には気を抜けない。

    その感覚がしんどいのです。

    共有のお風呂にも、細かい不便がある

    お風呂や洗面所も共有です。

    家族が多いので、洗顔料や化粧水など、私や子どものものを全部置いてしまうと、どうしても容器だらけになります。

    だから、必要なものを毎回バッグに入れて持っていきます。

    温泉に行く時のようなビニールバッグに入れて、お風呂のたびに持ち運ぶ。

    こういう「小さな不便」が毎日積み重なります。

    脱衣所でも、脱いだ服をすぐにカゴへ入れておけないことがあります。

    家族の人数が多いので仕方ないのですが、お風呂の時間を急かされることもあります。

    そして、お風呂から出たら、すぐに義両親のいるリビング。

    そこで、何か一言話す。

    これも、普通の一戸建てで一世帯だけで暮らしていたら、きっと必要のないことです。

    「大したことない」が積み重なっていく

    二世帯住宅。

    「そんなことくらいで?」

    と思われるようなことがたくさんあります。

    挨拶をする。

    音を気にする。

    出かけるときに声をかける。

    帰宅したら挨拶する。

    お風呂の時間を気にする。

    洗面所に物を置きっぱなしにしない。

    どれも、一つだけなら大したことではありません。

    でも、それが毎日、何年も続いていく。

    そうすると、いつの間にか「家なのに完全には休めない」という感覚になっていきます。

    二世帯住宅は、家族が近くにいる安心感がある一方で、「自分たち家族だけの生活」が作りにくい住まいでもあるのだと思います。

    二世帯住宅で暮らしている人にしか分からない、こういう小さな「しんどい」。

    まだまだあります。

  • 毎年、節句やクリスマスをはりきって準備する義母。

    私も子どもの節句をちゃんとしてあげたかった。

    でも、いつも義母が先々と何でもしてくれる。

    義母にとっては、「孫にしてあげたい」という気持ちだけだったんだと思う。

    もちろん、子どものことを思ってしてくれているのは分かっていた。

    でも、母親になった私には、それが少し辛かった。

    「母親は私なんだけどな。」

    そんな気持ちになることがあった。

    子どもがおばあちゃんのほうを好きになってしまうんじゃないか。

    そんなことまで考えてしまう自分もいた。

    テーブルに料理を並べて、飾りつけをして。

    いい感じにセットすると、孫を座らせてパシャリ。

    その姿を見ながら、

    「これって、SNSの映えの為にしてる?」

    と、ひねくれたことを考えてしまった。

    義母は孫との行事を楽しみたかっただけなのかもしれないけど、行事の度に私はこんな事を考えるようになってしまった。

  • 振り返ってみると、子どもが小さい頃は、今のように「どうしようもない」と思うほどの悩みはなかった。

    「親戚の集まりは全然ないよ」と言われていたけれど、実際には子どものイベントなどで夫のきょうだいがやってくる。私からすればきょうだいも親戚。

    もちろん、子どものための集まりだから仕方ないと思う気持ちもある。特に初節句や一歳のお祝い、クリスマス、特に子どもの【はじめて】はみんなでするものなんだろうと。

    子どもが産まれて2年3年経つと、私の意思とは関係なく人が集まることが、少しだけど面倒に感じた。子どものお祝いをしてあげたいのに、お客さんをもてなす事に専念しないといけなくなるから。

    二世帯住宅で暮らしていることもあって、私の実家の親には気軽に家に来てもらいにくかったから、それも後悔した。

    子どもが小さい頃は、トイトレの時期や卒乳の時期について何かと言われることもあった。

    義母は教育熱心なので、文字を覚えるためのおもちゃで子どもに文字を教えてくれたりもした。

    覚えさせてくれること自体はありがたい。

    でも、覚えさせたことを「こんなことができるようになった」とアピールされるのが、私は少し気になっていた。

    私は少しずつ「子どものことに関わってもらうこと」と「自分が子育てをしている感覚」の間で、モヤモヤすることが増えていったのかもしれない。

  • 初めての子育てで、毎日が赤ちゃん中心。

    泣いたら抱っこして、寝たら私も少し休む。

    そんな毎日でした。

    赤ちゃんがなかなか泣き止まないときは、義母が気にして駆け付けてくれることもありました。

    代わりに抱っこして、寝かしつけてくれる。

    初めての子育てで、どうしても疲れてしまうこともあったので、抱っこを代わってもらえるのは本当に助かりました。

    「ありがとう」

    という気持ちは、ちゃんとありました。

    ただ、その一方で、

    「なんとなく気を遣うな……」

    と思うこともありました。

    助かっている。

    ありがたい。

    でも、ちょっと気を遣う。

    当時は、そのくらいの気持ちでした。

    義両親が孫が生まれたことを喜んでくれているのは伝わってきました。

    義母は、以前からSNSをしていました。

    家族の写真をよく撮っていました。

    家族仲良く、二世帯で仲良く暮らしている写真。

    そんな写真を撮って、SNSに載せていました。

    当時の私は、それを見ても、

    「みんな赤ちゃんを可愛がってくれているんだな」

    くらいに思っていたと思います。

    この頃は、まだ大きな不満はありませんでした。

    とにかく、私は赤ちゃんを育てることに精一杯でした。

    毎日、赤ちゃんのお世話をする。

    それだけで一日が終わっていく。

    そんな日々でした。

  • リフォームが終わり、いよいよ新しい家での生活が始まりました。

    当時の私は、けっこうわくわくしていました。

    これから赤ちゃんとの生活が始まる。

    そして、自分たちの新しい家。

    夫からは、

    「自分の城だと思って!」

    なんて言われました。

    とはいえ、まだ家具や家電も全部揃っていたわけではありません。

    これから少しずつ、自分たちの好みの暮らしを作っていくんだと思っていました。

    ……が、なぜか私たちの階には、義両親が使っていた古い家具がすでにセットされていました。

    「これは……私たちの城……?」

    二世帯住宅なので、玄関とお風呂は共用でした。

    私たちの階にもシャワールームはあったのですが、当時は毎日、湯船に浸かるために下の階のお風呂へ行っていました。

    沐浴させたいから湯船が必要だったのもありますが、当時はそれがそんなに苦ではなかったんです。

    夫も出張がない日は自分の疲れを取りながらも赤ちゃんと接してくれて、義両親も赤ちゃんを見てくれていました。

    その頃の私は、とにかく赤ちゃんを育てることに精一杯で今のような大きな不満はまだありませんでした。

    たまに、昔の子育ての知識を実践されイラっとした事はありましたが、

    「まあ、やっていけるだろう」

    そんなふうに思っていたんだと思います。

    新しい家に新しい家族。

    そして、これから始まる子育て。

    あの頃は、この先の暮らしがどうなっていくのかなんて、まだ何も知りませんでした。

    二世帯住宅生活は、そんなふうに始まりました。

  • 今でこそ、二世帯住宅での暮らしについて色々と思うことがありますが、そもそも私は、最初から二世帯住宅に住みたかったわけではありません。

    夫とは、同棲していました。

    結婚の話が少しずつ進んでいって、そんな中で妊娠が分かりました。

    「この部屋じゃ、赤ちゃんが生まれたら狭いよね」

    そんな話をするようになって、義母が言いました。

    「実家を二世帯住宅にリフォームしようか」

    たぶん、当時の私はあまり深く考えていなかったと思います。

    お腹には赤ちゃんがいて、結婚も決まって、引っ越しもしないといけない。

    いろんなことが一気に動き始めていて、私はその流れに、ふらりふらりと乗っていたような気がします。

    「二世帯住宅って、実際どんな感じなんだろう」ネットで軽く調べるのみで深く考えていませんでした。

    義母が言い出した「二世帯リフォーム」という話は、お腹が大きくなるにつれて具体的になっていきました。

    間取りが決まり、工事の話が進み、気づけばそれは「もしそうなったら」という話ではなく、現実になっていました。

    そして私は、妊娠したお腹を抱えながら、その家に引っ越すことになりました。

    あの頃の私に、

    「ここで何年も暮らすことになるよ」

    「家族が増えて、子どもたちも大きくなっていくよ」

    「そして、いつかこの暮らしについて、いろいろ考える日が来るよ」

    と言っても、きっと信じなかったと思います。

    あの時、もう少しちゃんと考えていたら。

    そんなふうに思うこともあります。

    でも、あの時の私はあの時なりに、一生懸命だった。

    妊娠して、結婚して、引っ越して。

    目の前のことについていくので精一杯だったんだと思います。

    こうして振り返ってみると、私の二世帯住宅での暮らしは、最初から「ここで暮らしたい」と選んだものではなく、

    いろんな出来事が重なって、気づいたらここにいた。

    そんな始まりでした。