• もし、今の家を出て引っ越すことができたら。

    新しい家は、自分の好きなようにレイアウトしたい。

    家具の置き場所も、
    子どもたちの部屋も、
    自分が「ここが落ち着く」と思えるようにしたい。

    お風呂だって、
    好きなものを置いて、
    時間を気にせず、のんびり湯船に浸かりたい。

    玄関でも、
    誰かのことを気にしながら急いで準備するんじゃなくて、
    自分たちのペースで出かけたい。

    帰る時間だって気にしない。

    「長い時間出ていたらどう思われるかな」

    「おみやげ買って帰った方がいいかな」
    そんなことを考えずに、
    ただ自分の家に帰る。

    きっと、特別なことじゃない。

    好きな家具を置いて、
    好きな時間にお風呂に入って、
    自分たちのペースで生活する。

    私が欲しいのは、
    ものすごく贅沢な暮らしじゃない。

    ただ、普通の生活がしたい。

  • 二世帯住宅で暮らしていると、
    常にしんどいなと思うことがある。

    生活の距離が近いからこそ、
    気になることも増えるし、
    「もう少し離れて暮らせたら」と思うこともある。

    それでも、二世帯住宅で暮らしていて
    「これは助かっているな」と思うこともある。

    そのひとつが、夫とうまくいかないときに、話を聞いてもらえること。

    夫婦でうまくいかないとき、
    もちろん、できることなら解決したい。

    でも、夫婦の問題を義両親が解決できるわけではない。

    だから結局、
    話を聞いてもらうことしかできない。

    それでも、それだけで少し気持ちが楽になることがある。

    「そうだったんだね」と聞いてもらったり、
    自分の気持ちを誰かに話すだけでも、
    一人で抱え込んでいるときとは違う。

    答えが欲しいわけじゃない。

    ただ、誰かに聞いてもらえることで、
    少し気持ちを整理できることがある。

    二世帯住宅は、
    距離が近いからこそしんどいこともあるけれど、
    その近さに助けられた瞬間も確かにある。お互いに。

  • 親が元気なうちは、お互いにそれぞれの生活がある。


    子どもが小さいうちは、親世帯との距離が近いことにメリットもある。
    でも、子どもが成長すると、子どもにもプライベートが必要になる。

    じゃあ、親の介護が必要になったときは?

    最初から通いやすい距離に住む、子どもが自立して介護が必要になった時に同居する。
    そういう選択肢でもよかったんじゃないかと今思う。

  • 二世帯住宅と聞くと、

    「広くて部屋数が多い家なんだろうな」

    と思われるかもしれない。

    実際、広くて部屋数は多い。

    でも、二世帯住宅は住んでいる家族の人数も多い。

    子どもが小さい頃は、
    「大きな部屋にみんなで寝れば十分」と思っていた。

    でも、子どもの人数が増えみんなが大きくなると、それぞれに自分の部屋が必要になってくる。

    兄弟姉妹それぞれの部屋。

    夫婦の寝室。

    そして、二世帯住宅だからといって、家族それぞれが好きなだけ部屋を使えるわけではない。

    部屋数だけを見ると多い。

    でも、住んでいる人数を考えると、
    むしろ「そんなに余ってない」。

    二世帯住宅って、
    家が大きければ大丈夫、というものでもない。

    住む人数と、これから家族がどう成長していくか。

    そこまで考えて、部屋数を考えないといけなかったんだなと思う。

  • 父の日と母の日。

    二世帯で暮らしていると、
    「合同でやろう」となる。

    最初のうちは、子どもも小さかったし思うこともなかった。

    みんなで食事をしたり、プレゼントを渡したり。

    でも、子どもが大きくなってきた今は、違って感じる。

    合同にすると、どうしても義両親側のイベントが中心になる。

    「父の日・母の日をみんなでお祝いする」という形になるから、
    こちらの家族の時間が薄れてしまう。

    そして、母の日も結局、私が準備する。


    「子どもたちと私たちの家族で過ごすイベント」よりも、
    「義両親のためのイベント」をどうするかを考えている。

    二世帯で暮らしていると、イベントまで一緒。

    誕生日も、季節の行事も、父の日も母の日も。

    いつまでも、行事が楽にならない。

    一緒に暮らしているからといって、
    すべてのイベントまで一緒じゃなくてもいい。

    それぞれの家族で、それぞれの時間を持つ。

    そんな距離感のほうが、
    私には心地いいのかもしれない。

  • 二世帯住宅を建てる前、夫に言われていた。

    「両親は優しいよ」と。

    私自身も、義両親が意地悪な人だとは思っていなかった。

    むしろ、困ったときには助けてくれるし、子どもたちのことも気にかけてくれる。

    だから、二世帯住宅で一緒に暮らしても、きっとうまくいくんだろうと思っていた。

    でも、実際に住んでみると違った。

    優しいけど、距離が近い。

    学校のこと、習い事のこと、子どもの予定。
    いろいろなことに関わろうとしてくれる。

    心配してくれているのも分かる。

    悪気がないのも分かる。

    だからこそ、「そこまで関わらないで」と言いにくい。

    私は、自分のペースで生活したいタイプ。

    家族だけで過ごす時間も大切にしたいし、子どものことはまず親子で考えたい。

    困ったときは、自分から相談したい。

    でも、こちらが頼む前に先回りして関わられると、少しずつ疲れてしまう。

    こんな人は、二世帯住宅をよく考えたほうがいい

    ・自分のペースで生活したい人
    ・家族だけの時間を大切にしたい人
    ・子どものことは親子で決めたい人
    ・人に気を遣いやすい人
    ・断るのが苦手な人
    ・家では気を抜いて過ごしたい人
    ・夫婦や親子だけで問題を解決したい人
    ・子どもの成長に合わせて、祖父母との距離も変えていきたい人

    もちろん、二世帯住宅が合う人もいる。

    祖父母との距離が近いことを「安心する」「助かる」と感じる家庭もあると思う。

    だから、二世帯住宅が悪いわけではない。

    ただ、

    「義両親が優しいかどうか」だけでは、二世帯住宅がうまくいくかは決まらない。

    優しい人でも、干渉することはある。

    そして、優しいからこそ、その干渉を嫌だと言いにくいこともある。

    私が二世帯住宅に住んでみて思うのは、

    一緒に住む前に見るべきなのは、「優しい人か」だけじゃなくて、「お互いにどれくらいの距離感で暮らせる人か」だった。

    住む前に「優しいよ」と言われて安心していた私。

    でも実際に暮らしてみて分かった。

    優しいことと、干渉しないことは、別だった。

  • 私は、義両親に子どもたちと関わってほしくないわけではない。

    こちらから「これお願いしたいな」と思えば、私から声をかける。

    子どもの学校のことでも、習い事のことでも、何かあれば相談することもごくたまにはある。

    こちらが必要だと思ったときに、こちらから行けばいい。

    ただ、それを待ってもらえない。

    学校のこと。

    習い事のこと。

    子どもの予定。

    行事のこと。

    何かあるたびに、前もって向こうからグイグイ入ってこられる。

    心配してくれているのは分かる。

    孫のことを大切に思ってくれているのも分かる。

    でも、私はその「大切に思っているから」という気持ちだけでは、素直に受け取れないときがある。

    先回りして関わられると、

    「もう少し待ってくれたらいいのに」

    と思ってしまう。

    わたしの性格的に、グイグイ来られると一切関わりたくない、もう何も知らせたく無いとなる。

    離れて暮らしていたら、きっとこちらから色々な報告をしていたんだろうなぁと思う。

    二世帯住宅だから、どうしても距離が近い。

    だからこそ、心の距離までいつも近くする必要はないと思う。

    「関わらないで」ではなく、

    「必要なときはこちらから声をかけるから、少し待っていてほしい」

    それだけなのだ。

  • 自分の親だったら、言いやすい。

    「今日はちょっと疲れてるから」
    「今回はやめとく」
    「子どものことは私に任せて」

    そんなことも、言いやすい。

    でも、相手は義両親。言いたいことがあっても言いにくい。

    義両親が悪い人だから、というわけではない。

    むしろ、子どもや孫のことを思ってくれている。

    だから余計に、

    「もう少し距離を置きたい」

    なんて言いにくい。

    そして、もうひとつ感じること。

    イベントをいつまでも「みんなで」やりたがること。

    子どもが小さい頃は、良かった。

    誕生日や季節のイベント。

    みんなで集まって、食事をして、子どもを囲んで。

    祖父母にとっても、孫と過ごす時間は楽しいんだと思う。

    でも、子どもが大きくなってくると、少しずつ変わってくる。

    子どもにも子どもの予定がある。

    そして私自身も。

    毎回みんなで集まって、予定を合わせて、準備して……

    という過ごし方ではなく、

    もっと家族だけで、焦らずゆっくり過ごしたいと思うようになった。

    二世帯で暮らしていると、

    「家族だから一緒に」が自然になりやすい。

    でも、家族だからこそ、

    それぞれのペースも大切にしたい。

    祖父母と孫が仲良くすることと、
    いつでもみんな一緒に過ごすことは、同じではないと思う。

    近くに住んでいるからこそ、
    「今日は別々に過ごす」くらいの距離感があってもいい。

  • 子どもが小さい頃は、ママ友を家に呼んでいた。

    子ども同士を遊ばせながら、親もおしゃべりする。

    そんな時間は普通にあった。

    子どもが大きくなるにつれ、それもなくなるものだけど、私の友達を呼ぶことにも、義両親のことを気にするようになった。

    呼ぶことを事前に言っておかないといけない気がする。友達が帰った時間も、帰ったよの報告。

    義母と玄関で顔を合わせて、友達に話しかけられたら嫌だ。今まで呼ぶ度にそうされた。

    そんなことが嫌で、いつの間にか家にママ友を呼ばなくなった。

    だから今、ママ友との付き合いはたまに連絡を取るだけ。

    二世帯住宅って、家だけを共有するんじゃない。

    ときには、人付き合いまで気を遣う暮らしになる。

    それに気づいてほしいと思う。

  • 料理のお裾分け

    旬の食材を使った料理をお裾分けしてくれる。

    「これ、食べてみて」
    「たくさん作ったから」
    「私たちが食べたかったから、あなたたちの分も」

    好意でしてくれているのは分かっている。

    だから、ありがたいと思わなきゃいけない。

    ……そう思ってきた。

    でも、正直に言うと。

    いらないこともある。

    味付けが自分たちの好みと合わないこともあるし、そもそも口に合わないこともある。

    子どもたちが食べるとは限らない。
    私自身も「今日はこれが食べたい」と思っているわけではない。

    それでも、せっかくもらったものだからと、残さないように食べたり、冷蔵庫に入れておいたりする。

    贅沢な悩みなのかもしれない。

    食べ物をもらえるんだから、ありがたいと思うべきなのかもしれない。

    でも、二世帯で暮らしていると、こういう小さなことまで距離が近い。

    「作ったから持ってきたよ」

    その一つ一つを断るのも、なんとなく気を遣う。

    好意だからこそ、断りにくい。

    そして、断れないまま受け取っていると、
    いつの間にか「もらうのが当たり前」になってしまう。

    お裾分けそのものが嫌なわけじゃない。

    ただ、

    「私たちが本当に欲しいものを、欲しいタイミングで選びたい」

    二世帯で暮らしていると、
    こういう小さな「ありがたいけど、正直いらない」が積み重なっていく。