• 義両親は、毎日湯船に浸かる派です。

    それ自体はもちろん自由だし、毎日お風呂に入ることが好きな人もいると思います。

    でも、それを普通の価値観として押し付けてきます。

    私は毎日湯船に浸からないといけないと思っているわけではありません。

    暑い日はシャワーだけで済ませたい日もあるし、それでいいと思っています。

    でも、義両親にとっては「毎日湯船に浸かる」が当たり前。

    そして、その「当たり前」から外れている私たちが気になるのかもしれません。

    毎日湯船に浸かるのが普通の家庭。

    シャワーだけの日があっても普通の家庭。

    どちらが正しいという話ではないはずなのに、同じ家で暮らしていると、いつの間にか相手の「普通」がこちらにも向いてくる。

    こういうところが地味に疲れるのかもしれません。

  • 「わかる!」と思うこと、ありませんか?

    私の周りには二世帯住宅で暮らしている人がほとんどいなくて。

    このモヤモヤって私だけなのかな?
    みんなはもっと上手にやっているのかな?

    と思うことがあります。

    二世帯住宅にもいろんな形があるし、
    義両親との距離感も家庭によって全然違うと思います。

    同じように二世帯住宅で暮らしている方がいたら、
    「こんなことで困ってるよ」
    「うちはこうしてるよ」

    そんな話も聞いてみたいです。

    私だけじゃないんだと思えるだけでも、
    少し気持ちが楽になる気がしています。

  • 二世帯住宅のメリットと聞くと、まず思い浮かぶのは子どもが小さい時。

    「ちょっと子どもを見てもらえる」

    これが一番大きいメリットなのかなと思います。

    急な用事があった時や、ほんの少し手が離せない時。

    近くに祖父母がいる安心感は、確かにあると思います。

    でも、子どもが大きくなってくるとどうなんだろう?

    最近はそんなことを考えるようになりました。

    子どもたちはもう、ずっと誰かに見てもらわなければならない年齢ではありません。

    むしろ親子だけで過ごしたい時間もあるし、子ども自身にも自分の世界ができています。

    二世帯住宅だと「近くにいるのに関われないなんて冷たいなぁ」なんて思われているでしょう。

    私はパートに出ています。

    家事との両立ができるように、ガッツリ働いているわけではありません。

    自分なりに家庭とのバランスを考えて、シフトを入れています。

    それなのに、

    「なるべく家にいてあげてね」

    と言われることがあります。

    子どものことを心配して言っているのかもしれません。

    でも、正直、言われる筋合いはないと思ってしまいます。

    「なるべく家にいてあげてね」と言われると、

    なんだかシフトを入れることまで悪いことのように感じてしまう。

    実際にシフトも入れにくくなるし、変なプレッシャーにもなる。

    誰かに強制されているわけではない。

    でも、近くにいて、日常的に言葉をかけられるからこそ、その一言が頭に残ります。

    そして、子どもの教育についても同じ。

    二世帯で暮らしていると、子どものことなら何でも関わりたがる。

    学校のこと。

    習い事のこと。

    勉強のこと。

    進路のこと。

    心配してくれているだけなのかもしれない。

    でも、親としては「そこまで関わらなくてもいいのに」と思うこともあります。

    子どもが小さい頃は、

    「見てもらえる」

    ことがメリットだった。

    でも、子どもが大きくなると、

    「いつでも見られている」

    「何でも関わられる」

    ように感じることがある。

    これが私にとっては、だんだんしんどくなってきました。

    二世帯住宅は、子どもが小さい間だけを考えると便利なのかもしれません。

    でも、子どもはずっと小さいままではありません。

    親も子どもも年齢とともに生活が変わっていく。

    だからこそ、二世帯住宅を考えるなら、

    「子どもが小さい時に助けてもらえるか」

    だけじゃなく、

    子どもが大きくなった後の距離感まで考えておいた方がいいのかもしれません。

    今の私にとっては、

    助けてもらうことよりも、

    ほどよく放っておいてもらえることの方が、ありがたいと思うようになりました

  • 子どもの誕生日。

    いつまでも、みんな揃ってお祝いするのが正直しんどい。

    義両親も一緒だから、
    料理や準備をして、もてなすことにも気を遣う。

    気づけば私は、
    「子どもの誕生日を楽しむ」よりも
    「ちゃんとみんなをもてなさなきゃ」と必死になっている。

    子どもをお祝いする心の余裕がなくなっていることに、
    なんだかモヤモヤする。

    母の日も同じ。

    合同でお祝いするから、
    どうしても義母が中心になる。

    私も母なのに、
    自分の存在がなんとなく薄くなっていくような気がする。

    そして、イベントのたびにSNS用の写真撮影。

    これが、私の中ではかなり大きな不満なのかもしれない。

    孫との写真。

    家族みんなで楽しんでいる写真。

    それを見るたびに、
    「幸せアピールの素材にされているみたい」

    そんなふうに思ってしまう。

    本当は、こんなふうに考えたくない。

    でも二世帯生活に不満が積み重なっているからなのか、

    二世帯で幸せそうにしている義母を見ることさえ、
    嫌だと思ってしまう。

    すごく嫌な感情を持っているな、と自分でも思う。

    でも、たぶん私は義母そのものが嫌というより、

    「二世帯なんだから、家族みんなで仲良く」
    「いつまでも一緒にお祝いして」
    「その幸せを写真に残して」

    そんな空気に、もう疲れているんだと思う。

    子どもの誕生日くらい、
    誰にも気を遣わず、

    ただ子どもを思いっきりお祝いしたいだけなのに。

  • 昔の「同居」には、どんなイメージがありますか?

    私が思い浮かべるのは、嫌みを言う姑。

    嫁のやることにいちいち口を出して、

    「昔はこうだった」

    「それくらいできないの?」

    なんて言われる。

    そんな、意地悪な姑と暮らすイメージでした。

    でも、うちの義両親は違います。

    嫌みを言われるわけでもない。

    いじめられているわけでもない。

    むしろ周りから見れば、優しい義両親なのかもしれません。

    それなのに私は、二世帯住宅での生活に不満を抱えています。

    「こんなに優しくしてもらっているのに、私が性格悪いのかな」

    そう思うこともあります。

    だからこそ、自分が感じている不満を人に言えない。

    誰かが明確に悪いわけではないからこそ、

    「私が我慢すればいいのかな」

    と思ってしまう。

    二世帯住宅で感じるしんどさって、

    意地悪な義両親がいるからだけではないのかもしれません。

  • 夫の対応も大事

    二世帯住宅での悩みを、夫に聞いてもらうことがあります。

    「こういうことがあった」
    「こんなふうに言われた」

    と、そのとき感じたことを話します。

    共感してくれることもあれば、私とは違う視点から意見をくれることもあります。

    夫の話を聞いて、
    「私が考えすぎていたのかもしれないな」
    と思うこともあります。

    夫からすると、

    両親に孫の成長を見せることができて親孝行もできる。
    みんなで広い家に住めている。
    これからも、この二世帯住宅でずっと暮らしていく。

    そんなふうに思っているのかもしれません。

    だから、妻にも義両親ともっと仲良くしてほしいと思っているのかもしれない。

    でも、私にとって二世帯住宅は、毎日の小さなストレスが積み重なっていく生活です。

    少しずつ溜まって、数ヶ月に一度、爆発する。

    ものすごくイライラしてしまうこともあれば、体が動かなくなるくらい、しんどくなることもあります。

    だからこそ、夫には二世帯住宅を「当たり前の生活」にしすぎないでほしいと思っています。

    慣れてきたように見えても、何も感じなくなったわけではありません。

    妻には、これからも時々声をかけてほしい。

    「大丈夫?」って聞いてほしい。

    悩みを話したら、まずは話を聞いてほしい。
    できれば「それはしんどかったね」と共感してほしい。

    何度同じことで悩んでも、何度でも話を聞いてほしい。

    夫にとっては、ただの「二世帯住宅での愚痴」かもしれない。

    でも私にとっては、毎日の生活の中で感じている大切なことです。

    夫婦なら、妻が何度も同じことで悩むときに、その気持ちをどう受け止めるかも大事なんじゃないかと思っています。

  • 地味だけど不満

    • 庭の植木
      • 義両親の好みで植えられている
      • 冬の落ち葉がすごい。朝忙しいのに急いで掃除する事がある。
      • 「私ならもっと手入れの楽な庭にするのに……」
    • 玄関でひょっこり
      • 靴箱を整理していると、ひょこっと現れる。
      • ちょっと物を整理したいだけなのに、急いでしまう。
    • 玄関に置きたいものを自由に置けない
      • インテリア品を「ここにこれ置きたい」ができない。
    • 外に出るタイミングがかぶる
      • 「ちょっとコンビニ行こう」
      • ↓玄関へ
      • ↓義父母と遭遇
      • ↓「どこ行くの?」など話しかけられるのが面倒。
    • おすそわけ
      • 旬のものをと思ってわけてくれるけど、口に合わない。子どもも食べない。
    • 調味料や食材
      • 買い忘れたから貸してと言われる。地味にイラッとする。
  • 二世帯住宅が向いている人って、どんな人なのか、私なりに考えてみました。

    ・お互いの生活に干渉しない。干渉されても気にならない人

    「そっちはそっち、こっちはこっち」ができる人。

    義両親側からすると、子世帯が何か言ってきたら「そうなんだね」と話を聞いてあげられるくらいの距離感。

    お嫁さん側からすると、子どものことや夫のことについて何か言われても、気にせず流せる人。

    お互いに、相手の家庭に必要以上に踏み込まないことが大切なのかもしれません。

    ・価値観の違いを気にしない人

    食事、掃除、ゴミ出し、子育て、生活リズムなど。

    一緒に暮らしていると、「私はこうするけど、あの人は違う」ということがたくさん出てきます。

    それをいちいち気にせず、

    「まあ、いいか」と流せる人。

    これは結構大事だと思います。

    ・何か思うことがあれば、その都度きちんと話し合える人

    嫌なことや気になることを溜め込まず、その都度きちんと話し合える人。

    「こんなこと言ったら角が立つかな」と我慢してしまうと、どんどんしんどくなってしまいます。

    溜め込むのは、体にも心にもよくありません。

    ・プライベートをかなり大切にしたい人ではない

    「家に帰ったら、誰にも気を遣わずゆっくりしたい」

    というタイプだと、二世帯住宅はきついかもしれません。

    ゆっくりしていても、向こうのペースで話しかけられることがあります。

    「その話、今ですか?!」

    みたいなことも。

    一人でぼーっとしたいときに、気軽に声をかけられるのが苦にならない人ならいいのかもしれません。

    ・家族で集まって旅行やイベントをするのが好きな人

    義両親とも一緒に旅行に行きたい。

    毎年、子どもの誕生日やクリスマス、父の日・母の日を一緒にお祝いしたい。

    子どもの学校行事にも、もちろん来てほしい。

    そういうふうに、家族みんなで過ごすことが好きな人なら、二世帯住宅での生活も楽しめるのかもしれません。

    ・共有部分にこだわりがない人

    庭、玄関、お風呂。

    人によってはキッチンなども。

    共有部分が義両親の好みになっても、特に不満がない人。

    「私はこうしたい」という気持ちが強い人ほど、共有部分が多い二世帯住宅ではストレスになるのかもしれません。

    ・親側が、子世帯を「一つの家庭」として尊重できる

    これも、とても大切だと思います。

    「心配だから」

    「家族だから」

    という理由で、何でも口を出さないこと。

    子世帯にも子世帯の生活がある。

    親子であっても、それぞれ別の家庭です。

    その距離感をお互いに守れるかどうか。

    もちろん、玄関・お風呂・洗面所などが完全分離されている二世帯住宅なら、また話は変わってくると思います。

    共有部分が少なければ、顔を合わせる機会も減ります。

    結局、二世帯住宅に向いているかどうかは、間取りだけではなく、人間関係と距離感なのかもしれません。

  • SNSが嫌いな理由

    SNSが嫌です。

    孫を載せられるのが嫌です。

    孫が大きくなってからは、顔は隠すようにしているらしいけれど、それでも嫌。

    イベントのときには、親より前に出て、必死になって写真を撮る。

    その姿を見るたびに、なんだかモヤモヤします。

    「孫がかわいいから、写真を撮りたい」

    もちろん、そういう気持ちもあるんだと思う。

    でも私には、孫を使って「幸せな家族」を友達にアピールしているように見えてしまう。

    きっと私自身が、二世帯住宅で常に悩みを抱え、幸せを感じられずにいるからそう見えてしまうのだと思う。

  • 夫に子どもをお願いして、私が出掛けることがある。

    そのとき私は、夫に子どもをお願いしている。

    なのに、義母が夫に声をかけて、手伝おうとする。

    「大丈夫?」「お昼は用意してある?」と。

    私は夫に子どもを見てほしくて頼んでいる。

    一緒に住んでいると、夫に対してもいつまでも「子ども」という感覚なのだと思う。

    もう大人なのに、何かあるたびに心配している。

    そんなふうに心配させる夫も夫なのだけど。

    孫のこともそう。

    少しでも何かあると、すぐに心配して、いろいろなことを提案してくれる。

    「こうしたらいいんじゃない?」
    「大丈夫?」
    「病院に行ったほうがいいんじゃない?」

    心配してくれているのは分かる。

    でも、正直しんどい。

    勝手に心配して、気になって、早く解決したくて仕方ないようで。

    そして、その「心配」が、いつの間にか私たちの家庭に入ってくる。

    義母は、この二世帯住宅をまとめあげる中心人物なのだと思う。

    家族のことを気にかけて、みんなをまとめて、みんながいい方向に進むようにしたい。

    それが、義母にとっては生きがいなのかもしれない。

    孫たちにも立派に育ってほしい。

    家族みんなにちゃんとしていてほしい。

    そして、世間から見ても「いい家族」でありたい。

    そんな思いもあるのだと思う。

    私は中心人物になりたいわけじゃない。

    家族みんなをまとめたいわけでもない。

    ただ、自分たちの家庭を、自分たちのペースで生活したい。

    別世帯なんだから、もう少しプレッシャーを感じずに暮らしたい。

    義両親が「二世帯で暮らせて幸せ」と言えば言うほど、私はどんどん苦しくなる。

    同じ家に住んでいるからといって、同じ家族の形を求めなくてもいい。

    心配してくれることが、必ずしも「ありがたい」のではない。

    そんなことを、最近よく思う。