二世帯住宅というと、
「近くに家族がいるから安心」
「子育てを助けてもらえる」
「何かあったときに心強い」
そんなメリットが思い浮かぶかもしれません。
実際、助かっていることもあります。
でも、二世帯住宅で暮らしていると、外からは見えにくい「しんどさ」もあります。
いつも明るくしていないといけない
気分が落ちている時でも、なかなかそのままではいられません。
疲れていても、元気がなくても、心配されるかもしれない。
だから、できるだけ明るく接する。
毎日それを続けていると、疲れてしまうことがあります。
家の中くらい、誰にも気を遣わずにぼーっとしたい。
そんな日もあります。
家の中に、いつも誰かがいる
二世帯住宅なので、家の中には常に誰かがいます。
階は分かれていても、「家の中に自分たちだけ」という時間はほとんどありません。
義両親が旅行などで家を空けているときは、なんとなく肩の力が抜けます。
羽を広げられるというか、
「今日は家の中を気にしなくていい」
と思える。
でも、義両親も年齢を重ねて、以前のように旅行に行く事も少なくなっています。
階が分かれていても、音は聞こえる
二世帯住宅とはいっても、マンションのようにしっかり防音されているわけではありません。
リビングの床でごろんと寝転がっていると、義両親のテレビの音や会話が聞こえてくることがあります。
こちらの生活音も、きっと聞こえています。
子どもの足音や、扉の開け閉め。
お互い様なのは分かっています。
でも、一世帯で暮らしていたら、
「音が響いていないかな」
なんて、毎回気にする必要はありません。
静かに過ごしたいときに、家の中の別の世帯の生活音が聞こえてくる。
これも、二世帯住宅ならではの疲れなのかもしれません。
共有玄関が「関所」のように感じることがある
玄関が共有なので、出かけるときや帰宅したときには、どうしても顔を合わせます。
挨拶をするのは当然だと思っています。
でも、
「どこ行くの?」
出入りのたびに声をかけることが必要になると、それが少しずつ負担になっていきます。
仕事から疲れて帰ってきた日。
本当なら家に着いた瞬間に、ふーっと力を抜きたい。
でも、
「ただいま」
と明るく挨拶するために、気持ちを切り替えなければいけない。
家に帰ってきたのに、完全には気を抜けない。
その感覚がしんどいのです。
共有のお風呂にも、細かい不便がある
お風呂や洗面所も共有です。
家族が多いので、洗顔料や化粧水など、私や子どものものを全部置いてしまうと、どうしても容器だらけになります。
だから、必要なものを毎回バッグに入れて持っていきます。
温泉に行く時のようなビニールバッグに入れて、お風呂のたびに持ち運ぶ。
こういう「小さな不便」が毎日積み重なります。
脱衣所でも、脱いだ服をすぐにカゴへ入れておけないことがあります。
家族の人数が多いので仕方ないのですが、お風呂の時間を急かされることもあります。
そして、お風呂から出たら、すぐに義両親のいるリビング。
そこで、何か一言話す。
これも、普通の一戸建てで一世帯だけで暮らしていたら、きっと必要のないことです。
「大したことない」が積み重なっていく
二世帯住宅。
「そんなことくらいで?」
と思われるようなことがたくさんあります。
挨拶をする。
音を気にする。
出かけるときに声をかける。
帰宅したら挨拶する。
お風呂の時間を気にする。
洗面所に物を置きっぱなしにしない。
どれも、一つだけなら大したことではありません。
でも、それが毎日、何年も続いていく。
そうすると、いつの間にか「家なのに完全には休めない」という感覚になっていきます。
二世帯住宅は、家族が近くにいる安心感がある一方で、「自分たち家族だけの生活」が作りにくい住まいでもあるのだと思います。
二世帯住宅で暮らしている人にしか分からない、こういう小さな「しんどい」。
まだまだあります。

コメントを残す